&〜ザ・ハイロウズがデビューするまで〜
〜ザ・ハイロウズがデビューするまで〜
「ザ・ハイロウズ登場!」はハイロウズの1st.アルバムである。
ハイロウズが誕生したのは1995年の夏が始まる頃、まだブルーハーツが
正式に解散発表をする前のことだ。
マーシーはブルーハーツを解散後、新たに立ち上げるバンドのことを考えていた。
「なんかね、シンプルでストレートなロックンロールバンドがやりたかったんだ」と、
マーシーは結成後はじめて登場したメディアであるTOKYO‐FM系列
「赤坂泰彦のミリオンナイツ」で語っている。
マーシーはまず、以前から彼のソロツアーに参加していたドラムの大島賢治、
続いてブルーハーツ時代からサポートキーボードをやっていた白井幹夫に声をかけた。
実は、白井と大島は初対面でもなんでもない。
ブルーハーツの後期のミディアムの名作「DUG
OUT」に大島はパーカッショニストとして
参加しているのだ。彼はパーカッショニストとしては素人なので(なにしろ「ロブスター」で
スティール・パンをマスターするのに一苦労したぐらいなのである)、おそらく「友情出演」
のような格好だったのだろう。「緑のハッパ」や「ムチとマント」に参加している。
それだけではない。メンバーがそれぞれソロ・プロジェクトを率いてレコーディングを
行った「PAN」にも大島はマーシープロジェクトと、梶原プロジェクトに参加しているのである。白井も、同じくマーシープロジェクトと梶原プロジェクトに参加している。
つまり、マーシープロジェクトはベースこそ違うものの、Vo&G.マーシー、Dr.大島、
Key.白井という、ほとんど現在のハイロウズに近いメンバーだったのである。
ラストアルバム「PAN」の段階で既にハイロウズの母体は完成していたのである。
つまりこの2人は、ブルハ時代から勝手知ったる仲だったのだ。
ヴォーカルは「ヒマそうにしていた」ヒロトをマーシーが誘い、白井の友人の
エンジニアの紹介で「ロックが好きで、ベースが弾けて、ヒマな人」という条件に
当てはまった調 先人をベーシストとして迎え、ここに現在のメンバーでの
ザ・ハイロウズが誕生する。
そして、セッションや曲作りなどの数回の過程を経て、ハイロウズは日比谷野外音楽堂
でのファーストライヴを行う。イベントに、なんの発表も、ヒロトとマーシーが出るという
広告もしないままに出演したのである。
ここで彼らは「グッドバイ」「ミサイルマン」「なまけ大臣」などの曲を披露した。
が、大方のメディアはザ・ハイロウズがこの後恒常的に活動すると言う見方に
否定的だった。「夏だけのバンド」という見方をしていたのである。
しかし、メジャーデビューすることを初めてファンに肉声で伝えた「ミリオン・ナイツ」で、
ヒロトはこんなにカッコイイ台詞を吐いたのである。
赤坂「でも僕が聞いた話ではなんかハイロウズってのは遊びでやってる・・・?」
甲本「いや、ロックンロールは遊びだから」
赤坂「ちっくしょう、言うこと変わってねえなあ(笑)」
そして、ハイロウズは1995.10.25に「ザ・ハイロウズ登場!」でデビューを遂げる。
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